PAGE TOP

平野神社

平野神社の由来

平野神社の由来

 平安遷都の際平城宮後宮よ
り遷祀されました平安皇大神
を尊崇され平安期境内に金
閣寺を含めた二㌔四方の広さを
持ち日本で唯一の皇太子御親祭
者でした
御祭神四座
第一殿 今木神いまきのかみ
 生命源として活力を高める
第二殿 久度神くどのかみ
 竈・生活安泰と家運繁栄
第三殿 古開神
      ふるあきのかみ
 邪気を振払う平安の神
第四殿 比賣神ひめのかみ
生産力の神
二十二社の五位旧官幣大社に
列格しています
  

平野の桜

 桜は生命力を高める神様の
象徴として平安時代より植樹
植栽し受継がれてきました
種が多いのは各公家伝来の桜
を奉納し家運隆昌を祈り奉納さ
れたためです
 庶民には江戸時代にな
夜桜が許され平野の夜桜
都を代表する桜の名所となりま
した
 平野神社が原木の珍種も数多
祇園丸山公園の初代枝垂桜
初め大阪造幣局の珍種の数々は
植物園なき時代の桜の植物園的
な存在の平野神社より拝領移植
されたものです
 花見茶屋が並ぶ西大路からの
参道に植栽されている染井吉野
品種改良された比較的新し
い桜です仲秋の頃より咲き続
く寒桜十月桜は初詣で桜咲
く吉報の前触れとなり三月上
旬から五月上旬迄現在約六十
種四百本の桜が境内を彩ります
夜桜はなるべく江戸時代の夜
桜を基に小学生児童画による
竹筒照明を行い明りを抑えた
当時の夜桜見物を想わせており
ます

桜花祭

 寛和元年九八五年四月
十日平野臨時祭を行いました
花山天王が後胤繁栄を祈るため
平野神社へ行幸臨時の勅祭を
たことが起源です
 毎年四月十日に行われ
前十時より本殿祭午前十一時
より花山天皇陵へ参拝します
俗に知られる北山詣というのも
平野神社へお参りされたことを
いいます

神幸祭

 近年にな広く一般の
人々にも平野皇大神の御神徳を
あまねく拝受できるように神幸
祭として始まりました
当日御鳳輦に御霊を遷し午後
一時に露払いの鬼を先頭に約二
百名の華やかな時代列が神社を
出発します
イラスト1